弁護士豊島達哉のブログ

大阪北浜で豊島達哉法律事務所を運営している弁護士です。

今橋。「天五に平五 、十兵衛横町」

 

写真は「今橋」という橋です。地名にもなっている大阪でも古い橋の一つです。

私の事務所のすぐ横にあります。
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この橋の由来について、橋のたもとにある石碑にはこう書かれています(石碑の建立者は大阪市)。
「今橋は大坂の陣絵図などに名前が登場することから、豊臣時代にはすでに架けられていたと推定される。」
「(江戸時代中期のころからの)町の発展に伴い、・・・京橋町の道筋に新たに架けられたので『今ばし』と呼ばれたとの説がある。」
豊臣期か、江戸中期か説が分かれているようですが、
江戸中期についての下記のような説明からは、こちらの説の方が具体性があって説得的だと思います。
 すなわち、「江戸時代初期までは、今橋の北側には町家がなく浜岸であったが、中期の頃から西詰め付近は両替商が軒を並べ、金融の中心街となり、特に通りをはさんで向き合った天王寺屋五兵衛と平野屋五兵衛が有名で「天五に平五、十兵衛横町」と称され繁昌した。このような町の発展に伴い、まちの東にも橋がないと不便なため」架けられた、と言うものです。幕府が架けた公儀橋ではなく、町人橋です(大阪には公儀橋はほとんどありませんが)。
 
ちなみに、上記の天王寺屋五兵衛は、江戸時代において、大阪一の両替屋と言える格式高い商家ですが、幕末の混乱期から衰えだし、明治になって両替商が成り立たなくなった際、廃業した商家です。そして連ドラ「あさが来た」の山王寺屋(あさの姉(宮崎あおい)の嫁ぎ先)のモデルとなった商家でもあります。
 
五代友厚らが設立した大阪商法会議所(大阪商工会議所の前身)跡も、歩ける距離にあります(御堂筋の高麗橋3丁目交差点あたり)。
ただ主人公ファミリーの経営する加野屋銀行のモデルである加島銀行は西横堀川あたりにあったようで、少し西の方に離れていますが、いずれにしても土佐堀川の南岸数十メートロほどの範囲内。
 
 
自分の身近な場所に由来するドラマを見ていると、いろいろ勉強になっていいものだと思います。